平野愛実選手 皇后杯第2位おめでとう!【SAGA2024 国民スポーツ大会 テニス競技】少年女子の部
皇后杯第2位【SAGA2024 国民スポーツ大会】少年女子の部で出場した平野愛実選手 写真:平野愛実選手とかずコーチ
9/5~10/15の日程で開催されている国民スポーツ大会(昨年までの国民体育大会の名称から変更)テニス競技は9/21~9/24 佐賀市・佐賀県立森林公園テニスコートとSAGAサンライズパーク テニスフィールドで開催、 平野選手が出場した少年女子がベスト8・成年女子は初優勝を飾り総合得点で皇后杯2位を勝ち取った。【競技別総合成績/テニス競技】では、栃木県が 【天皇杯】第5位・【皇后杯】第2位 素晴らしい結果を残した。国体少年女子に3年連続出場した平野選手、石井選手(浦和麗明高校) と2人で シングルス2本・ダブルス1本 を戦い勝ち上がった。
佐賀国体HPから抜粋:2024年。国体の愛称で親しまれてきた国民体育大会が、「国民スポーツ大会」へと名称を変えます。大会が始まった1946年から、社会も暮らしも大きく変わった今。この時代に合うカタチが求められています。佐賀は、大会が変わる、そのはじまりの地に選ばれました。体育からスポーツに変わる、今だからこそできることは何か。この1点を問い続け、実行していきたい。私たちは、前例のない大会をつくる挑戦の、スタートラインに立っています。思い描ける夢は、無限にあります。実現はもちろん、そう簡単ではありません。失敗も、慣習との戦いもあるでしょう。しかし、明治維新の時、佐賀そして日本の先人たちが未来を見据え、時代を切り拓いてきたように。みんなで、高い志で、知恵と力を出し合っていけば、新しい大会、そしてスポーツ文化の新時代をつくることができる。そう信じています。SAGA2024から、すべての人にスポーツのチカラを届ける、新しい大会へ。
国民スポーツ大会のはじまり
全国の主な都市が焼け野原となった戦後の混乱の中、体育を通して国民とりわけ青少年に勇気と希望を与えようと、戦災を免れた京都を中心とした京阪神地域で昭和21年(1946年)に第1回目の「国民体育大会」が開催されました。
その後、天皇杯・皇后杯の授与・都道府県対抗・都道府県持ち回り方式が確立され、昭和62年(1987年)第42回大会(沖縄県)で全国を一巡しました。
平成18年(2006年)第61回大会(兵庫県)から、大会運営の簡素・効率化を図るため、夏季大会と秋季大会が統合され、これまで冬季・夏季・秋季の3季別に分かれていた国体は、「本大会」と「冬季大会」の2季別で開催されることとなりました。
また、平成30年(2018年)6月13日に、「国民体育大会」の名称を「国民スポーツ大会」に変更する「スポーツ基本法の一部を改正する法律」が国会において成立し、令和6年(2024年)に開催される佐賀大会から国民体育大会の名称が「国民スポーツ大会」に変わり、新しい大会となります。
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